メニューを開く

ブログ

Blog

肩書はむず痒い

学生時代、野球部に入っているんだ、と叔父に伝えた時に

「ほー、野球選手なんだ。頑張れよ。」

って言われて、子供心になんとなく違和感を覚えたのを、ふと思い出しました。

“野球選手” って、なんとなくプロ野球選手とイコールの関係な気がして、
「いやいや、私はそこまでの人ではないですよ。」
と恐縮していました。

 

先日ハンドメイド展に行ったときにも、
「すごい!めちゃくちゃ綺麗なアクセサリーですね!あなたが作ったんですか?」
「いいえ、私は販売員で、妻が。」
(奥さまトイレから戻って来る)
「おー!あなたがアーティストですか!素敵なアクセサリーですね!」
「え?いや、アーティストだなんて、ただの趣味ですよぉ。」

 

あとは会社でもありますよね。
自社では昇進した人を呼ぶのも呼ばれるのも最初はかなりむず痒いです。
○○さんだったのが、ある日突然「工場長!」「部長!」と呼び方、呼ばれ方が変わるのは気恥ずかしさがあります。

この「むず痒さ」の正体、一体何なんでしょうか?

 

「むず痒さ」の心理学

インポスター症候群とセルフイメージ

この感覚は心理学の観点から見ると「他者から与えられたラベル」と「現在のセルフイメージ」の認知ギャップによって引き起こされます。
特に、新しい立場や高い評価を受けたときに「自分はそれに相応しくない」「周りを騙しているのではないか」と感じてしまう心理傾向があり、心理学では「インポスター症候群」と呼びます。
(インポスターは直訳すると詐欺師。
宇宙人狼、みたいなゲームありますよね。まさに人を騙すゲームです。)

「部長」「アーティスト」「選手」
呼ばれるたびに脳内で
「自分はそんな大層な人間じゃないんです…」
という防衛本能が働きそれが「むず痒さ」や恐縮する気持ちとして現れるようです。

また、社会心理学には「ラベリング」と「アイデンティティを受け入れる」タイミングにラグがあるという考え方もあります。
外側のラベルは一瞬で変わりますが、内側のセルフイメージがそれに追いつくには時間がかかるため、その過渡期に必ず「違和感」が生じるのだそう。

 

このギャップって嫌なのが普通?海外でも同じ?

このむず痒さはごく自然なことです。
しかし、この受け止め方は文化や環境によって大きく異なるんです。

1. 日本などの「謙遜・文脈依存」文化

日本や東アジアの文化圏では自己主張よりも「謙遜」や「調和」が美徳とされます。
そのため実力以上の肩書で呼ばれると
「周囲から調子に乗っていると思われないか」
「期待に応えられなかったらどうしよう」
という不安が強く働き、むず痒さが「照れ」「恐縮」「居心地の悪さ」として感じられやすくなります。

 

2. 欧米圏などの「自己効力感・役割分担」文化

一方で欧米圏(特にアメリカなど)では、肩書は「個人の価値」というより「役割の定義」としてドライに捉える傾向があります。
そのため昇進したり「プロフェッショナル」「アーティスト」と呼ばれたりした際、むず痒さを感じるどころか
「自分の努力や役割が正当に評価された!」
と素直に誇らしく喜ぶ受け取り方の人が多数派です。

もちろん例外的に欧米でもインポスター症候群に悩む人はいますが、「謙遜することが正解」とされる文化かどうかで、むず痒さのニュアンスやストレス度が変わってくるのは意外でした。

「むず痒さ」は、成長のグラデーション

では、このむず痒さは克服すべき悪いものなのでしょうか?
決してそんなことはありません。
むしろ「真面目に自分の役割と向き合おうとしている証拠」でもあります。

もしハンドメイドを始めたばかりの人が「私こそがトップアーティストです」と当然のように思っていたら、そこには成長の余白があまり残っていません。

 役職についた瞬間に「今日から俺は偉いんだ」と疑いもなく思ってしまうより「部長なんて呼ばれてもまだしっくりこないな」と頭をかく人の方が周囲からも信頼されやすく魅力的に映るものです。

欧米圏には「上手くいくようになるまでは、上手くいっているフリをしろ」という有名な言葉があります。

最初はむず痒くても、周囲から「部長」と繰り返し呼ばれ、その役割としての立ち振る舞いを重ねていくうちに、後からセルフイメージが追いついてきます。
「箱が人を育てる」と言われるのはまさにこの心理プロセスを指しています。

もし今、自分の肩書に「むず痒さ」を感じているなら、その感覚を楽しんでみてください。

海外のように「誇らしい!」と胸を張るのも素敵ですが、恐縮する違和感もまた、あなたの日本人らしさの証であり、まさに今、殻を破り成長する瞬間です。

人生に何度かしかない瞬間を楽しんで!!