覚えなくても

私は “学生” から脱却してかなりの時間が経ちました。
そんな今、今の学生というのはどういう学習をしているのか、少し興味があります。
小学校では全員にタブレットが配られ、家でもPCやスマホが当たり前のように使える時代。
調べたら何でもわかる時代の先、調べるハードルが限りなく低い時代の学習、勉強とは?
まあ、実はあまり変わっておらず、先生の方がタブレット導入にコミットできていない人も多く、意外と昔のままだよ。と先生をやっている妹が教えてくれました。
はいじゃあ答えも出たところで解決!今日のブログはこれで。
ということはなく、そうではなく。
私の頃も「微分積分とか何に使うの?なんでこんなこと勉強しないといけないの?」
と言っていた人がいました。
広く浅く学ぶことの重要性は大人になると痛いほどわかると思いますが、それを伝えるのに当時の先生は苦労しておられました。
今の私が同じことを言われたら「あなたの選択肢をつぶさないため」と答えるでしょう。
将来使わないかもしれないことを学ばされる
というマインドではなく、
これを知っていたら将来意外なところで役に立つかもしれない
から学ぶというマインドに変えていきます。
そもそも知る、学ぶ、できるが増える。というのは本来楽しいことのはずです。
それをいろんな学問を通して触れるチャンスこそが学校なのではないかと思っています。
で、表題の「覚えなくても」にかかってくるのですが、今の時代、例えば数学の公式や歴史の出来事など、覚えなくても使い方を知っていれば、覚えなくても出来事の大枠だけ知っていれば、スマホ片手に簡単に説明できたり解けたりします。
テストでスマホの使用が認められていないだけで、実社会に出たら覚えなくても知っている状態で十分戦えるのではないか?と思うのです。
思うのですが。
それでも私はやはり最低限は覚えるべきだと思います。
覚えることを強制しなくなったら、学校はいよいよ終わりだとさえ思います。
例えば九九。
九九ってなんで覚えないけないのか。そっちの方が楽だからです。計算するにおいて。
7を7回足すより、7×7を覚えてしまう方が早くて楽だから。
72×73とかも、72を73回足せば答えは出ますが、九九を覚えた方が楽だから。
ただ、それは今までの話。自分の脳みそとほぼ直結でスマホを触れるデジタルジャンキー世代は、
「スマホの電卓があれば結局覚えなくてよくない?」
などと思っちゃいそうです。
これ、関数電卓を手に入れた時にも同じこと思いました。
高校までの数学、これの持ち込みが可だったら必要なかったじゃん。
ただ、違うんです。
理由1. 概算力
例えば単純に入力ミスがあった場合、これに直感的に気付けるのは基礎力のある人だけです。
九九を覚えていたら、例えば72×73は4900以上だなーと目星は付きます。打ち間違いで答えが8000とか出たら、あれ?そんな大きい?とか、そんなピッタリの数字になる?とか、いろいろ推察できます。
理由2. 認知的負荷の軽減
基礎が簡単に理解できるレベルになれば、その上のレベル、複雑な概念や証明に脳のリソースを割けます。
理由3. 抽象化
ツールがあれば解けるが、それを理解する、そして人に伝える、教えることまではできない。
これをするには基礎を自分のものにする必要があります。
そして、これらの理由から、デジタル時代でも学校での地道な基礎力の習得はとても重要、有用だと考えられます。
とってもかたい文章になってしまいましたが、学ぶのは楽しい!というのが根底にある話なので、子供の皆さんはもちろん、大人のあなたも是非学び続けてください!!