セレンディピティ

話をしていて、あるいはテレビを見ていて、知らない言葉やわからない現象が出てきたらどうしますか?
お散歩中、アスファルトってこんなに暑いのに、なんで道路はコンクリートじゃなくてアスファルトで作られているの?
最近の人はすぐに調べて答えを得るのではないでしょうか?
もしくは、AIに尋ねて時間をかけずにサクッと教えてもらう人もいるかもしれません。
知識が増えることは素晴らしいこと!
AIも駆使していたらもっとすごい!!
ただし。
調べ慣れすぎると失うものがあるのではないでしょうか?
何だと思いますか?
ここまでスクロールするまでに、あなたはどんな思考を繰り広げましたか?
まさにそれこそが失ったことかもしれません。
自ら考えること、あるいは予想することがなくなりつつあるのでは?
少し考え(本当に少し)、わからないので調べる。
考えて理由が見えない、別の視点で考える。
少し光が見えたと思ったらこの説では否定されてしまう壁が見つかる。
その壁を超える、または迂回する方法を更に考える…
こんな思考のスタミナが弱体化しているのではないでしょうか?
それだけではありません。
他にもすぐに調べてわかることは記憶への定着が弱いと言われています。
理由は調べたらすぐわかるから。
調べたらすぐわかるなら記憶するまでもないと脳内で判断されてしまうようです。
(このことをデジタル健忘症、Google効果と言います)
更に問いを立てる力も失われるとも言われています。
これはAIを使う上でしばしば言われるAIのバグ、ハルシネーションを常に疑いましょう。というものにも通ずることです。
AIが言ったから正しい。ではなく、本当にそうか?と考えることをクリティカルシンキングと言います。
これ、実はAI時代だけじゃないですよね。
「テレビで言いよったよ。」
ここまではすぐに調べることの危険性の話です。
ですが、なんでもAIに尋ねることを危惧する一番の理由は表題の「セレンディピティの減少」です。
セレンディピティとは意図していなかった素晴らしい発見のこと。
単なるラッキーではなく、「探していたものとは違うけれど、もっと価値のあるものを見つける」というニュアンスが含まれているのが大きな特徴です。
ペニシリンやポストイットの発明みたいな。
直接答えに辿り着けるのはすばらしいことなのですが、その所為で過程で出会うかもしれない素晴らしい出会いの可能性をつぶすことにもなり得ます。
これこそが本当にもったいない!
皆さんも少し考えて、たまにはAIではなくローカル検索で良い出会いを!!